初日の出をきっかけに日本の伝統と宗教観を考えてみる

2018年の初日の出は上田市内の某公園で拝みました。というか厳密にいうと曇っていて(日の出そのものを)拝めなかったのですけどね。

夜明け直前はこんな感じだったのですが

次第に雲に覆われてしまい、太陽を拝めたのは日の出から30分くらい経ってからでした。

撮影に行った場所にも沢山の人が集まっていました。毎年疑問に感じているのですが、人々は何故このクソ寒いのに初日の出を見るために早起きして出かけるのでしょう?

Wikipedia先生によると、日本では明治時代以降に初日の出習慣が盛んになったとのことで、元は天皇の元旦の儀式が始まりらしいです。

ふむふむ、なるほどねぇということで、Wikipediaの出典元の以下のページを読んでみました。

飯倉晴武 かしこい生き方のススメ – COMZINE by nttコムウェア

初日の出を拝む習慣というのは、明治以降盛んになったと言われています。最初は、四方拝といって、天皇が元旦の朝速く起きて身を清め、東西南北の神に豊作と無病息災を祈ることから始まり、平安時代頃に公家から庶民に広まりました。それが更に初日の出を拝むという習慣に変わって行きました。

そっか!身を清めないといけないんだ!

やべ、昨日は起きてからそのまま出かけちゃった・・・

この「四方拝」ってのも日本独特の「八百万の神」的な考え方から生まれた風習なんだろうな。

私はこの「八百万の神」って考え方が好きです。自然の万物には神様が宿っていて、人間を含めそれら全ての物のおかげで生きていられる、そんな考え方があり一神教にならなかったので、日本は世界でも希有な民族でいられるんじゃないでしょうか。飯倉先生のお言葉をお借りすると、

日本の原始宗教では、何にでも神様が宿っていると考えていました。お米が豊作なのも神様のお陰、良い水が飲めるのも神様のお陰なのです。そこで年の区切りに、一年過ごせたことへの感謝と、それからの年の無事を神様に祈る行事ができたということでしょう。農耕民族ですから、作物の出来が自然に左右されることも影響していると思いますが、初詣は、人間が社会の中で一人で生きているのではなく「周囲のあらゆるものに生かされている」ことを意識するひとつのきっかけでもあると思います。

ということですね。最近時々、宗教の始まりってどんな事だったんだろうって思うときがあるんですが、原始宗教では自然そのものを恐れ、崇めていたんでしょうね。恐らくその根底にあるのは人間だけが持つ「死」へのこだわりなのではなかろうかと思うのです。

でもそんな日本にも仏教が伝来しました。当時の人達も困惑したでしょうね。

日本を始め、昔は世界のどこの地域でも同じように、原始的な宗教観と道徳観から先祖を敬う思想があり、地縁、血縁で結ばれた共同体を守ることを目的にしていました。日本ではそこに大陸から仏教が伝来しました。仏教は個人の安心立命や魂の救済などを目的にしている点でも異なっており、自然の草花や石ころ、動物、それぞれに神様が宿っていると思っていた当時の人々にとって、両者をどのように融合するか、ということには頭を悩ませたと思います。

そりゃそうですよね。だってそれまで身の回りの物全てに神様が宿っていてそれらを敬っていたのに、「これからはこの人(仏様)が神なのじゃ。一心不乱に仏様に向かって祈れば極楽浄土にいけるのじゃっ!!」って言われるんですから混乱もしますって。

そこで奈良時代以降「神様というのは、仏様がこの世に仮に姿を現したんだ」という「本地垂迹(ほんちすいじゃく)説」や「神と仏は本来同じもの」とする「神仏習合」といった思想が生まれました。
面白いのはどこのお寺でも、お寺を守る神社というのがあることです。例えば、比叡山延暦寺には、比叡山の麓の方に日吉神社が、奈良の興福寺には春日神社があって、それぞれお寺を守っています。

へーへーへー(古)

きっと時の権力者達が「仏教って便利なものあるからこれ使って庶民を従わせたいんだけど、みんな言うこときかんのじゃよ。さて、どうしたものかのぉ。」とか思い悩んでいたら、「神様と仏様を一緒にしちゃえばいいんじゃね?」と言い出した人がいて、「イイね!」ってなったのでしょう。

まぁご都合主義だこと(笑)

そんな考え方が庶民にも根付いたから、困ったときなどに「神様仏様・・・」って自然と口を割いて出てきてしまうのでしょう。

でも、こんなあいまいな宗教観をもつ日本民族が大好きですし、世界に誇るべきだと私は考えます。なかなか他民族には理解してもらえないんですけどね。

ビジネスにおいても「あいまい」な事柄は多々出現します。

白黒はっきりさせる事も大事ですけど、時と場合によってはあいまいな答えでもいんじゃないかと思う2018年の正月です。